2009年2月

小泉流「構造改革」と決別し日本経済の再生を

労働総研 木地 孝之

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茨城労連は1月17日土浦市内で09年春闘学習会を開き、労働総研の木地孝之さんが標記の講演をしました。概要を紹介します。

(文責 県くらし・雇用・営業を守る対策本部)

 みなさん、こんにちは。労働総研の木地です。私は全商工労組(旧通産省の労組)の役員を務め、その後慶応大学で9年間教鞭をとり、現在労働総研で活動しています。
 【講演は、はじめに中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』を紹介し、「新自由主義」思想、政策、そのもたらした結果について述べました。―文責者】
 アメリカ国民は、オバマ大統領の選出でブッシュ政権の「新自由主義」にNOの答えを出しました。今度は日本の番です。アメリカがどうなろうと自立的に発展できるように、外需頼みから内需主導に、大企業から家計に経済政策の軸足を移し、大胆なチェンジ≠めざす時ではないでしょうか。

残っている構造改革路線の影響、ちょっと考えてみよう

 構造改革路線は破綻しました。しかしその影響は残っています。いくつかの問題について、ちょっと考えてみましょう。
(1)少子高齢化論・誰が支えるのか
 「まもなく2人で1人の高齢者を養う時代がくる」「このままでは年金制度が維持できない」「やっぱり消費税しかないのか」と感じている人も少なくありません。ここでちょっと考えて欲しいのです。ある企業が技術革新などで、生産規模は2倍に、利潤は2・5倍に増加しました。従業員は200人から50人に減ったとします。この技術革新を成功させた従業員はいま年金生活です。その人たちの生活を保障するのは誰ですか。現在の従業員なのですか。「先の世代の人々の生活を後の世代の人々が支える」というのは「次世代の社会が前の世代の生活を保障する」のであって、「現在の労働者が給料からそれに必要な年金掛け金を支払う」ことではありません。支払うのは企業でも政府でも良いわけです。経済が成長していれば支払い能力に問題はありません。
 日本企業の税金は欧米諸国より高いと経団連は叫んでいます。しかし、社会保険を含めた日本の企業負担率は他の国より相当低い状況です(表は略)。
(2)国の借金、恩恵を受けた人が返せばツケは残らない
 「国の借金は880兆円」です。みなさんにはなんの恩恵もありませんが、その借金で恩恵を受けた人がいます。彼らが生きている間に返せば、次世代にツケは残らないはずです。
 普通、家庭では、家計が苦しいときは、2〜3年我慢します。政府や自治体も、財政状態が回復するまで、高速道路や空港、ダム等の建設を先延ばしすべきなのです。戦争の予定もないのだから、自衛隊の新規装備費を凍結すべきです。
 バブル崩壊後、銀行は「債権放棄」によって企業の借金を棒引きし、それを国が援助しました。今度は、企業の側が保有している国債を放棄してもいいのではないでしょうか。税金もそうです。消費税実施からの15年間で、国民が支払った消費税額の総計は136兆円、一方、法人3税の税収は131兆円も減少しました。国民からしぼりとった消費税は、法人3税の落ち込みの穴埋めに使われ、消えてしまったことになります。
 「ゼロ金利」政策による家計への影響もすごいものです。90年まで、日本の1年の銀行預金利子は5・5%前後でした。92年から利率が低下し、05年には0・034%と事実上ゼロになってしまいました。90年から1、000万円の貯金をして、年5・505%の利子が付いた場合と実際の元利合計額を比較すると、07年末までに、実に1、352万円の「遺失利益」=「損失」が発生しています。全世帯分だとおおよそ420兆円にもなります。これは、国の借金総額の約2分の1に相当します(表は略)。そのうえさらに消費税増税なんですか。
 お集まりの方の中に公務員労働者も多いと聞きました。「公務員が多い」とさかんに宣伝されています。ほんとに多いのでしょうか。日本は公務員の少ない国です。男性公務員数は他国に比べてそれほどの違いはありませんが、女性公務員の数が非常に少ない(表は略)。女性公務員が担うことが多い保健福祉など社会保障分野の差が影響していると思います。「公務員は恵まれている」といわれますが、誰とくらべてなのか。民間が悪くなりすぎたのです。
(3)経済の国際化、いま原点にかえって
 「右肩上がりの経済成長は終わった」、「経済のグローバル化に対応した改革が必要」、「もはや会社が一生面倒を見る時代ではない」、「悪しき平等主義を排して能力のあるものがもっと報われる社会に」などの議論がふりまかれています。私のいた慶応の学生の中には「俺は負け組みにならない」という人が結構いました。日本的経営とは、終身雇用、年功序列賃金、従業員重視(株主軽視)、企業別労働組合、労資協調、企業系列、ボトム・アップ主義、集団主義等々ですが、これらのすべて悪いのか。日本は第1次石油危機の時(70年)は、一時帰休やもうからない仕事を探して乗り切りました。ドイツはワークシェアリングで乗りきったのです。しかし現在の日本は平気で「リストラ」です。なぜ人を切るのか。トヨタも新日鉄も首を切らない企業でした。いま原点にかえるべきです。元経済企画庁長官を努めた宮崎勇氏は、「企業経営者は、国際競争が激しいことを逃げ口上にしている」「安上がりの労働力で収益を上げても、成長は持続しない。企業は自分で需要を抑えているようなもの」など(8月16日『朝日』)と述べています。

「企業の社会的責任」、「労働組合の役割」を考える

 そこで、「企業の社会的責任」「労働組合の役割」をあらためて考えてみたいと思います。「企業の社会的責任」とは、@雇用の拡大と賃金の支払いを通じて、健全な世帯を増やすこと、A利潤を上げ、税金や年金財源を支払い、国家財政に寄与することだと思います。リストラの一方で内部留保を増やし、あの手この手で納税を免れようとするような企業は、百害あって一利なし、日本経済を縮小させるだけです。「労働組合の役割(責任)」は、@労働者の生活向上、成果配分を通じた需要の創出、内需主導の新たな経済成長の実現です。A全世帯の62・8%は非農林雇用者、その生活向上があってこそ「経世済民」の証です。B資本家も経営者も官僚も政治家も、労働者の力を借りなければ何もできません。一国の労働者が団結すれば国を変えることができ、万国の労働者が団結すれば世界を変えることもできます。Cいつの世も、どの国にあっても、労働者は社会の変革者であり、歴史の開拓者です。その組織された部隊が労働組合です。マハトマ・ガンジーは7つの社会的大罪として@原則なき政治、A道徳なき商業、B労働なき富、C人格なき教育、D人間性なき科学、E良心なき快楽、F犠牲なき信仰、という重要な指摘をしました。

日本経済の再生。産業連関表も活用して

「非正規雇用の正規化と働くルールの厳守」がもたらす経済効果
 今回我々は、ワーキングプアの解消と違法な労働条件の根絶を念頭に、@非正規雇用の正規化による雇用と生活の改善、Aサービス残業の根絶による雇用の創出、B欧米先進国ではあたり前の完全週休2日制・有給休暇の完全取得による雇用の創出という、3つのケースにしぼってその経済効果を試算しました。「非正規雇用の正規化と働くルールの厳守」が日本経済の体質を改善し、賃金収入の増加、内需の拡大、国内生産の増加、雇用の増加というプラスの循環≠ノ変えるための一里塚となることを示そうとしたものです。試算の結果、非正規雇用の正規化だけで国内生産が9兆1856億円(GDPで約4兆753億円)増加し、それに伴って税金も、国税、地方税あわせて7、234億円の増収となることがわかりました。社会保障予算を毎年2、200億円ずつ削る必要はないのです。これに他の2つのケースの働くルール厳守による雇用増154万人の効果を加えると、国内生産増加額は24兆2580億円(GDPで約12兆8055億円)、税収増加額は2兆2731億円になります(表1)
必要な経費は、内部留保額の5・28%未満
 最も新しい統計の07年について97年と比較すると、この間に大企業の経常利益は1・9倍に増えたにもかかわらず民間給与総額は8・8%減少し、内部留保が1・8倍に膨れあがりました(図1)。前記の「非正規雇用の正規化と働くルールの厳守」を実現する費用は21・3兆円であり、膨大な内部留保の5・28%を取り崩せば可能です。
 ところで、この試算は限定経済効果も限定的です。本格的な日本経済の体質改善をめざすなら、この間に膨れ上がった内部留保に相当する賃上げを、正杜員を含む全員を対象に行わなければなりません。それはいくらになるでしょうか。この10年間に内部留保は222・5兆円から403・2兆円に180・7兆円増えました。納税前の額に直すと301・2兆円増えました。1年平均30・1兆円、労働者1人あたり54万9753円です。仮にボーナスを年間5ヶ月分とすると、賃上げ可能月額は3万2338円になります(表2)
 成果の全部を労働者が取るのは行き過ぎでしょう。下請け企業や地域への還元も必要です。企業の拡大再生産に必要な資金も認めなければなりません。そこで、労働者への配分を半分にすると、それでも賃上げ可能月額は1万6169円になります。
非正規雇用やパート労働者の賃上げは、中小企業の生産をより多く誘発する
 経団連等からの強い反論が予想されます。しかし先延ばしは許されません。@利潤を上げ、A雇用の拡大と賃金の支払いを通じて健全な世帯を増やし、B税金や年金財源を支払い、国家財政に寄与してこそ企業の存在意義があります。長期的視点に立つなら、不況だからこそ、日本経済の悪循環を好循環に変える決断が必要なのです。
 「中小企業には支払い能力がなく、潰れてしまう」という反論も予想されます。しかし、表3のように、年収200万円クラス労働者の賃上げの方が日本全体の生産を誘発する力が1・64倍もあり、しかも対企業サービス(自動車修理など)、食料品、繊維製品など中小企業分野の生産を良く誘発することがわかりました。非正規雇用やパート労働者の賃上げは、中小企業の景気テコ入れ効果となることが期待できるのです。ただし、中小企業の経営が苦しいことは事実ですから、まず「中小企業いじめ」をなくし、非正規雇用の正規化など「必要かつ正当なコスト増」は、それを保障する制度の枠組みが必要になります。
政府のパフォーマンスと財界の身勝手な要求
 麻生総理は、「100年に一度の危機」とさかんに言っています。本気で現状を打開する気があるなら、一日も早く「労働者派遣法」を99年以前に戻し、労働者の立場に立って再検討すべきです。「財政制度等審議会」は、小泉内閣の「骨太方針」維持を要請し、消費税の増税方針を明確にするよう求めました。まったく現状を理解しない手前勝手な要求であり、「KY」的発想です。「赤旗」の主張にあるように、いまは「構造改革」の旗振り役の財界が多数を占める「審議会」の出る幕ではないのです。労働者の雇用と生活を守るとともに、日本経済の再生にお互い力を尽くそうではありませんか。

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